皇后戲院の歴史をひも解くその５

　ありし日の皇后戲院とクイーンズロード・セントラル　（提供：Y.Tさん）

　ゲストのY.Tさんから、「1900年代初めのクイーンズロードセントラル」と記された写真の画像を提供していただきました。アラン･チャンのポストカードです。

　いやあ、いい雰囲気ですねえ！　写真右が皇后戲院です。1961年以降の──そして学芸員Ｋが撮影した1986年の──商業ビルに入った現在の皇后戲院とは全然違います。ひさしの上にある横組みの大きな「QUEEN'S」の看板が、当時の映画館の存在価値の高さを物語っています。

　写真を見ると、次のことが推測されます。すなわち──アングルからして、この写真は皇后戲院そのものをメインに撮ったものではないらしい。この写真の撮影者は、当時もっとも香港でぎやかな、そしてきらびやかな皇后大道中（クイーンズロード・セントラル）の街の様子を撮ることを意図した。皇后大道中の様子を語るのにはずせないシンボルとして、皇后戲院があった。撮影者は、だからこの映画館をファインダーのフレームの中に収めた──のではないでしょうか!?

　まあ、学芸員Ｋの思い入れの強い推測なのですが、撮影されたときの皇后戲院は、当時香港で一番華やかな繁華街だったと思われるこの界隈でもっともシンボリックな建物だったと思います。

　写真の裏面の映像もY.Tさんに頼んで送ってもらい見てみました。裏には「Queen's Road Central in the early 1900's」と記されていますが、「1900年代初期」というのは、いったいいつごろか気になります。

　そこで写真にある映画の看板を見てみました。入り口の上にはイギリス領香港らしく英文で映画のタイトルが表示されています。「THE SEA……」と読めますが、後半の部分がよくわかりません。このポストカードの現物を持っているY.Tさんに聞いてみました。すると、その回答は、「目をこらすと、THE SEARCH、と読めます」とのこと。そこで調べてみました──。

　『THE SEARCH』は1947年にMGMが製作したアメリカ映画で、監督はフレッド・ジンネマン（のちに『ジャッカルの日』なども監督）、主演はモンゴメリー･クリフト。ナチスにより悲惨な目にあった子どもを戦後アメリカ兵が救うというストーリーのようです。日本でも公開され邦題は「山河遥かなり」。1948年度のアカデミー賞原案賞を受賞したようです。

　看板の映画がこの『THE SEARCH』ならば、この写真の皇后戲院は少なくとも1947年以降のものということになります。この映画が香港で、特に理由がなければ1947年、遅くとも1948年頃には上映されたと推測すると、この写真の撮影もその頃のものでしょう。もしそうならば、この写真の裏面に記された「Queen's Road Central in the early 1900's」というのは、けっこう大ざっぱな説明といえます。

　余談ですが、学芸員Ｋは今回のものとはまったく別の、香港の古い映画館の写真をいくつか集めたお土産用のポストカードを持っていますが、ある映画館の写真に「1950年代撮影」とキャプションで記されているのに、映画の看板には1970年公開のアメリカ映画「トラ・トラ・トラ！」（20世紀フォックス）が写っていました。アバウトなキャプションだなあと思ったことがあります。

　さて、香港の「当時最豪華的戲院」──この風格漂う一戸建て映画館の皇后戲院──は、すでに「歴史をひも解くその２」で皆様がご存じのように、日本松竹歌舞團の公演からわずか４ヶ月後の1958年７月に取り壊されます。その後1961年、その跡地に15階建ての商業ビル「陸海通大廈」が誕生。威容を誇っていた「皇后」はその「集合住宅」となった商業ビルの中で今度は「一住人」として再出発することになります。そして香港映画黄金時代の80年代を経て、その衰退を迎えた20世紀終わりには劇場の規模を縮小しながらも、現在まで続くことになるのです。

　追記：皇后戲院は2007年10月31日に閉館し、83年間にわたる歴史の幕を閉じました。

　【皇后戲院の歴史をひも解く　現段階では一応ここまで。──長旅おつかれさまでした。】

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皇后戲院の歴史をひも解く その５

ありし日の皇后戲院とクイーンズロード・セントラル （提供：Y.Tさん）

皇后戲院の歴史をひも解くその５

　ありし日の皇后戲院とクイーンズロード・セントラル　（提供：Y.Tさん）